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走り出した足が止まらない!

趣味とは、仕事に疲れた時の癒し、そして長い老後の最良の友。 いわば人生のオアシスである。(酒井正敬)

竹内洋岳という登山家!8,000m級14座を踏破した偉人の足跡を紹介!

竹内洋岳(たけうち ひろたか)氏をご存知でしょうか?

 

竹内氏は東京都生まれのプロ登山家で、世界で29番目、日本人では初めて8000m峰の、エベレスト、K2、カンチェンジュンガ、ローツェ、マカルー、チョ・オユー、ダウラギリ、マナスル、ナンガルバット、アンナブルナ、ガッシャブルムI峰、ブロードピーク、ガッシャブルムII峰、シシャバンマの14峰すべての山の登頂に成功した人物です。

 

この記録は2021年2月現在まだ破られていません。

 

今回はそんな竹内洋岳氏という人物について紹介していきます。

 

「竹内洋岳」の画像検索結果 

 

 

 

 

竹内洋岳氏の来歴

竹内氏は1971年1月8日に東京都で生まれ、幼少期から登山好きの祖父の影響で登山とスキーに親しみを持っていました。

 

そして高校、大学と山岳部に所属し登山の経験を積んでいました。

 

20歳でヒマラヤの8000m級の山の登山を経験し、24歳で初めてマカルーに登頂、その後もエベレスト、K2と連続登頂に成功しました。

 

2001年より、ラルフ・ドゥモイビッツやガリンダ・カールセンブラウナーとパートナーとなり国際登山部隊を形成し、装備を極力無くして登山をするアルバインスタイルを積極的に取り入れながら、8000m級の山々に速攻登山で挑んでいました。

 

このような装備があまりない登山スタイルのため怪我の経験もあり、2007年にはガッシャブルムII峰で雪崩に巻き込まれ腰椎を亀裂骨折し生命の危機を経験しました。

 

しかし、復帰も絶望的と言われた中で、怪我をしてからわずか1年でガッシャブルムII峰に挑み登頂に成功しました。

 

8000m級の山々に積極的に挑み、2012年5月にダウラギリへの登頂を果たし、8000m級の山14峰すべてに登頂した初の日本人となりました。 

 

この他にも竹内さんは2014年10月3日にマナスルにもう一度登頂しており、計15回8000m級の山々に登頂しています。  

 

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竹内洋岳氏の現在の活動

竹内氏は、現在は母校である立正大学で客員教授をしており、株式会社ハニーコミュニケーションズに所属しています。

 

本人はアルバインスタイルと呼ばれるキャンプや固定ロープ、酸素ボンベなどの装備を極力もたずに一気に登頂を目指すスタイルの速攻登山を取り入れた登山を主にしています。

 

現在は8000m級の山々へ挑戦をしながら、その経験を生かした野外教室や防災啓発などの活動をしています。 

 

また登山家としての活動の一方、大学での講義や後進国の支援、ひとり親家庭の子供たちへの体験の場作りのプロデュース、教育、いじめ、防災などの問題に対して登山の経験や知識を用いて、解決に向け取り組んでいます。

 

社会貢献の一例をしてはネパールへの「いちご農園」誘致、ノエビア・グリーン財団での野外教育、Japan Outdoor Leaders Awardでのリーダー育成の取り組みをしています。


そしていじめに対しては自身もいじめられていた経験があるため、「逃げろ」といじめられている人たちへまず促し、それから解決策を見つけることを進めています。

 

 

氏に関わる書籍・映像作品

竹内さんの書籍として有名なものは世界8000m級の山々からの下山を語る太郎次郎社エディダス出版の「下山の哲学―登るために下る」です。

 

この本が出版されるまで登山にフォーカスされがちだった本の常識を覆し、登頂できなかった山々からの下山も語る本となっています。

 

 

 

おわりに

14の8000m級の山々へ登頂成功し日本人初の14サミッターとなった竹内洋岳氏はアルバインスタイルを用いた速攻登山をして登山に挑んでいる傍ら、いじめや防災などへの社会貢献活動にも尽力しています。

 

またメディアへの露出の機会も多く、登山に関する書籍も多く出しており、自身の経験をもとに登山とは何か、そして社会貢献に生かし、登山家と教育者の二つの面を持った活動をしています。

 

このような素晴らしい登山家が日本にいるということを、皆様に知っていただけたら幸いです。 

 

 

本日も拙いブログを読んで頂きありがとうございました!!!Have a nice run!