序文
古今東西、日本人の心の心情に深く寄り添ってきた「山」という存在。
そして、そんな「山」を詠んだ名歌が数多く残っています。
今回は、万葉集・古今和歌集・新古今和歌集の中から、山を詠んだ名歌について選んで紹介します!
『春の山』を詠んだ歌
春山の
咲きのををりに
春菜(わかな)つむ
妹(いも)が白紐(しらひも)
見らくしよしも
『春山の桜の咲きみだれている下で春菜を摘んでいる子の白い紐を見るのはうれしいことだなあ』
尾張連(おはりのむらじ)
万葉集 巻8-1421
水鳥の
鴨(かも)の羽(は)の色の
春山の
おほつかなくも
思ほゆるかも
『水鳥の鴨の羽の色のような春山がぼんやりと霞んでいるようにおぼつかない心持ちです』
笠女郎(かさのいらつめ)
万葉集 巻8-1451
春山は
散り過ぎぬとも
三輪山は
いまだふふめり
君待ちかてに
『春の山は、花が散り果てたようだが、ここ三輪山は まだ、蕾のままです。あなたのお出でを待ちかねながら・・・』
柿本人麻呂
万葉集 巻9-1684
梓弓(あずさゆみ)
春山近く
家居(お)らば
継ぎて聞くらむ
うぐひすの声
『春山近くにお住まいでいらっしゃるなら絶え間なく聞いておられることでしょう。ウグイスが鳴いている声を。』
作者不明
万葉集 巻10-1829
春山の
友鴬(ともうぐいす)の
泣き別れ
帰ります間も
思ほせ我れを
『春の山で、友のウグイスが泣き別れしました。友が帰って来るまでの間も私のことを思ってください。』
作者不明
万葉集 巻10-1890
春山の
霧に惑へる
鴬(うぐひす)も
我れにまさりて
物思はめやも
『春山の霧(きり)に迷っている鴬(うぐいす)も、私以上に物思いにふけることでしょうか。(いや、そんなことはない。)』
作者不明
万葉集 巻10-1892
白真弓(しらまゆみ)
今(いま)春山に
行く雲の
行きや別れむ
恋しきものを
『春山を行く雲のように離れてゆくのか。恋しいのに』
作者不明
万葉集 巻10-1923
春山の
馬酔木(あせび)の花の
悪しからぬ
君にはしゑや
寄そるともよし
『春山の馬酔木(あせび)の花のように素敵なあなたとなら、ええそうよ、(関係があると)噂されてもいいわ。』
作者不明
万葉集 巻10-1229
『夏の山』を詠んだ歌
夏山の
木末(こぬれ)の茂(しげ)に
霍公鳥(ほととぎす)
鳴き響(とよ)むなる
声(こゑ)の遥(はる)けさ
『 夏山の梢の茂みで、ほととぎすがあたりに響くように鳴いています。その声がはるか遠くまで聞こえます。』
大伴家持(おおとものやかもち)
万葉集 巻8-1494
『秋の山』を詠んだ歌
秋山の
木(こ)の下隠(がく)り
行く水の
我(わ)れこそ益さめ
御(み)思ひよりは
『秋山の木陰を流れて行く水のように静かに、わたくしのほうこそ、あなたさまのことをもっともっと思っていますわ』
作者: 鏡王女(かがみのおおきみ)
万葉集 巻2-0092
二人行けど
行き過ぎ難き
秋山を
いかにか君が
独り越ゆらむ
『二人で行っても越えがたき秋の山をどのようにしてあなたは一人で越えるのだろう』
作者:大伯皇女(おほくのひめみこ)
万葉集 巻2-106
秋山に
落つる黄葉(もみぢば)
しましくは
な散り乱ひそ
妹があたり見む
『秋山に落ちる紅葉よ、しばらくは散らないで。妻が居る方をもう少し見ていたいから。』
作者:柿本人麻呂
万葉集 巻2-137
秋山の
黄葉(もみぢ)を茂み
惑ひぬる
妹(いも)を求めむ
山道(やまぢ)知らずも
『秋山の黄葉(もみぢ)が繁っているので、迷ってしまった妻を探そうにも、山道が分からない。』
作者:柿本人麻呂(かきのもとひとまろ)
万葉集 巻2-208
秋山に
もみつ木の葉の
うつりなば
さらにや秋を
見まく欲(ほ)りせむ
『秋山の紅葉した木の葉が散ってしまったら、もっともっと秋を見たいと思うでしょうか。』
作者: 山部王(やまのべのおほきみ)
万葉集 巻8-1516
めづらしと
我が思(も)ふ君は
秋山の
初黄葉(はつもみちば)に
似てこそありけ
『素敵だと思っていたあなたは、秋の初黄葉のような方だったのですね。気がつきませんでしたわ。』
作者:長忌寸娘(ながのいみきのをとめ)
万葉集 巻8-1584
雲隠(くもがく)り
雁(かり)鳴く時は
秋山の
黄葉(もみち)片(かた)待つ
時は過ぐれど
『雲に隠れて雁(かり)が鳴くときは、秋山の黄葉(もみち)がただ待たれます。もう、そんな季節になったのに。』
作者:柿本人麻呂(かきののもとのひとまろ)
万葉集 巻9-1703
秋山のしたひが下に
鳴く鳥の
声だに聞かば
何か嘆(なげ)かむ
『秋山の黄葉の下で鳴く鳥のように、(あなたの)声だけでも聞くことができたら、こんなに嘆くこともないのに。』
作者:柿本人麻呂
万葉集 巻10-2239
春は萌え
夏は緑に
紅の
まだらに見ゆる
秋の山かも
『春は萌黄(もえぎ)色に、夏は緑に、そして紅のまだら模様に見える秋の山ですね~。』
作者不明
万葉集 巻10-2177
朝露に
にほひそめたる
秋山に
しぐれな降りそ
ありわたるがね
『朝露に色づいてきた秋山に、時雨(しぐれ)よ降らないで。(秋山が)色づいたままでいてくれるように。』
作者:柿本人麻呂
万葉集 巻10-2179
秋山を
ゆめ人懸(か)くな
忘れにし
その黄葉(もみちば)の
思ほゆらくに『秋山のことは決して口に出して言わないで。忘れていたあの黄葉(もみちば)のことを思い起こしてしまうから・・・・』
作者不明
万葉集 巻10-2184
一年(ひととせ)に
ふたたび行かぬ秋山を
心に飽(あ)かず
過(す)ぐしつるかも一年に一度しか見れない(もみぢのすてきな)秋山を今年は、十分たのしむことができないまま過ぎてしまいました。
作者不明
万葉集 巻10-2218
秋山(あきやま)の
木の葉もいまだ
もみたねば
今朝(けさ)吹く風は
霜も置きぬべく
『秋山の、木の葉もまだ紅葉していないのに、今朝吹く風は霜が降りるくらいに冷たいです。』
作者不明
万葉集 巻10-2232
秋山に
霜降り覆ひ
木の葉散り
年は行くとも
我れ忘れめや
『秋山に霜(しも)が降り覆って、木の葉が散って、年が過ぎ行きても、私は、あなたのことを忘れたりはしません。』
作者:柿本人麻呂
万葉集 巻10-2243
『富士山』を詠んだ歌
妹(いも)が名も
我が名も立たば
惜しみこそ
富士の高嶺(たかね)の
燃えつつわたれ
『あなたの名も私の名も、ひとのうわさに立ったら惜しいから、富士の高嶺(たかね)のように燃えて生きていくのですよ。』
作者不明
万葉集 巻11-2695
秋山の黄葉(もみち)を
かざし我が居れば
浦潮満ち来(く)
いまだ飽かなくに
『秋山の黄葉をかざして眺めていると、浦に潮が満ちてきた。いまだ見飽きないというのに。』
作者:壬生宇太麻呂
万葉集 巻15-3707
田児の浦ゆ
うち出でて見れば
真白にそ
富士の高嶺(たかね)に
雪は降りける
『田児の浦を通って見渡しの良い所に出てみたら、真っ白な雪(ゆき)を抱いた富士山が見えたのですよ。』
作者: 山部宿禰赤人(やまべのすくねあかひと)
万葉集 巻3-0318
富士の嶺に
降り置く雪は
六月(みなづき)の
十五日(もち)に消ぬれば
その夜降りけり
『富士山に降る雪は、六月十五日に消えるのですが、その夜からまた降り始めるのです。』
作者:高橋虫麻呂(たかはしのむしまろ)
万葉集 巻3-0320
富士の嶺(ね)を
高み畏(かしこ)み
天雲も
い行きはばかり
たなびくものを
『富士山は高くて恐れ多いので、雲(くも)も行く手をはばまれて、たなびいています。』
作者:高橋虫麻呂(たかはしのむしまろ)
万葉集 巻3-0321
我妹子(わぎもこ)に
逢ふよしをなみ
駿河(するが)なる
富士の高嶺(たかね)の
燃えつつかあらむ
『あの娘に逢うチャンスがなかなか無いので、私の心は富士山のように燃え続けていくのでしょうか。』
作者不明
万葉集 巻11-2695
天の原
富士の柴山
この暗(くれ)の
時(とき)ゆつりなば
逢はずかもあらむ
『 富士(ふじ)の柴山(しばやま)のこの夕暮れの、時(とき)が過ぎていったら、逢(あ)えないかもしれません。』
作者不明
万葉集 巻14-3355
富士の嶺(ね)の
いや遠(とほ)長き
山道(やまぢ)をも
妹(いも)がりとへば
けによばず来(き)ぬ
『 富士の嶺(ね)のとっても長い山道でも、君のところへ来ると思えば、息も切らせずにやってきたんだ。』
作者不明
万葉集 巻10-3356
霞(かすみ)居(ゐ)る
富士の山びに
我(わ)が来(き)なば
いづち向きてか
妹(いも)が嘆かむ
『霞(かすみ)がかかっている富士山のふもとに私が行ったら、どちらを向いてあの女(ひと)は嘆くのだろう。』
作者不明
万葉集 巻14-3358
さ寝(ぬ)らくは
玉の緒(を)ばかり
恋(こ)ふらくは
富士(ふじ)の高嶺の
鳴沢(なるさは)のごと
『寝たのはわずかの間だけ。恋しい気持ちは、富士(ふじ)の高嶺(たかね)の、鳴沢(なるさは)のように激しく鳴り響いているのです。』
作者不明
万葉集 巻14-3358
天の原
富士のけぶりの
春の色の
霞になびく
あけぼのの空
『大空に立ち昇る富士の煙が春の色である
浅緑の霞となってなびいている曙の空』
作者:前大僧正慈円
新古今和歌集 巻1-0033
道すがら
富士のけぶりも
わかざりき
晴るる間もなき
空のけしきに
『旅の途中富士山の煙もはっきり見分けがつかなかった。晴れる間もない空模様で。』
作者:前右大将頼朝
新古今和歌集:巻10-0975
しるしなき
けぶりを雲に
まがへつつ
夜を経て富士の
山と燃えなむ
『わたしはききめのない恋の思いの煙を立ち昇らせ、雲にまぎれさせながら、幾夜も富士山のように燃え続けるのであろう』
作者:紀貫之
新古今和歌集:巻11-1008
けぶり立つ
思ひならねど
人しれず
わびては富士の
ねをのみぞ泣く
『煙の立ち昇る思いの火ではないが、相手に知られないまま、わびしくなって、富士の嶺(ね)ではないが、身を伏し、ただ声をあげて泣くよ。』
作者:深養父
新古今和歌集 巻11-1009
富士の嶺の
煙もなほぞ
立ちのぼる
うへなきものは
おもひなりけり
『富士山の煙も峰よりも高く立ち昇る。そのようにこの上なく、 高く燃えるものはわたしの恋の思いの火なのだ。』
作者:家隆朝臣
新古今和歌集:巻12-1132
世の中を
心高くも
いとふかな
富士のけぶりを
身の思ひにて
『この世の中を不遜にも気位高く厭離するよ。空高く立ち昇る富士の煙を自身の思いとして。』
作者:前大僧正慈円
新古今和歌集:巻17-1615
風になびく
富士の煙の
空に消えて
行方もしらぬ
わが思かな
『風に吹かれて靡く富士の噴煙が空に消えて、その行方もわからない。そのように行き着くところがわからない私の思いよ。』
作者:西行法師
新古今和歌集:巻17-1615
時知らぬ
山は富士の嶺
いつとてか
鹿の子まだらに
雪の降るらむ
『季節を知らない山は富士の山だ。今がいつだというので、鹿の子模様に雪が降り積もっているのだろうか。』
作者:業平朝臣
新古今和歌集:巻17-1616
人知れぬ
思ひをつねに
するがなる
富士の山こそ
わが身なりけり
『あの人に知られない思いを常にする、常に火を燃やす駿河の富士に山こそ、我が身なのであった。』
作者不明
古今和歌集:巻11-534
君てへば
見まれ見ずまれ
富士の嶺の
めづらしげなく
燃ゆるわが恋
『あなたのことになると、逢っていようが逢わずにいようが、富士の嶺のように、とくに代わりばえもせず燃えているわが恋であるよ。』
作者:藤原忠行
古今和歌集:巻14-680
富士の嶺の
ならぬ思ひに
燃えば燃え
神だに消た
ぬむなし煙を
『富士山のように、かなわぬ思いに燃えるのならば燃えるがよい。神でさえ消すことのできないむなしくくすぶる煙よ。』
作者:紀乳母
古今和歌集:巻19-1028
まとめ
いかがでしたでしょうか?山を詠んだ歌というのはどうして、私たちの心に響いてくるのでしょうか。
日本人の心象風景に深く結びついている山という存在に想いを偲ばせずにいられないですね。
本日も拙いブログを読んで頂きありがとうございました!!!Have a nice run!